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神奈川県警察不祥事問題 リンク集

神奈川県警察不祥事問題(かながわけんけいさつふしょうじもんだい)は神奈川県警察及び所属警察官における不祥事が多発したことから顕在化した問題の総称である。 神奈川県警察では1990年代以降、警察官個人・組織による犯罪事件への直接関与や犯罪組織との癒着などの重大不祥事が頻発しており内外ともに問題となっている。以下の不祥事はあくまでも全体のごく一部であり、これら以外にも疑惑・不祥事が起きている。このため、90年代における不祥事が他の年と比較して異常に多いのではなく、実際にはそれ以外の年においても、同等かそれを上回る件数の不祥事が発生している。 本稿では事件の重大性にかかわらず発覚当時、特に話題となったものについても述べている。

* 1989 年 - 坂本堤弁護士一家殺害事件では、坂本が労働運動に関わっていた反体制派である事への反発(日本共産党幹部宅盗聴事件における横浜法律事務所との確執が影響したとする意見もある)から、現場の状況が相反するものであったにも拘らず単なる失踪・夜逃げと決めつけ、これが事件の長期化に繋がったと批判されている。 * 1993 年 - 藤沢警察署交通課長が酒に酔って帰宅途中、通行中の女性に抱きつき通行人に現行犯逮捕された。懲戒免職[1]。 * 1996 年 - 戸部警察署員による覚醒剤使用事件を組織ぐるみで揉み消し。2000年5月29日に、当時の本部長と監察官(当時の署長)が横浜地裁において、犯人隠避の罪で有罪判決。 * 1997 年 - 戸部警察署で銃刀法違反で逮捕された容疑者の取調室で拳銃自殺であるが、捜査員の射殺疑惑がある。しかしこの事件はあまり報道されていない[2][3]。 * 1999 年 - o 警察官による覚醒剤使用とその隠蔽工作が発覚(神奈川県警覚醒剤使用警官隠蔽事件)。また、隠蔽工作の一環として神奈川県内の警察所の各署長宛てに「不祥事隠蔽マニュアル」と称する手引書が配布されていたことが露見。日本の警察史上前代未聞の本部長引責辞任となる。同マニュアルには、組織防衛のために、不祥事を積極的に公表しないようにとの指示が書かれていた[4]。 o 相模原南警察署の巡査長による女子大生脅迫事件。暴力団組員から任意提出されていた捜査資料のネガフィルムが悪用され交際を迫るなどの脅迫材料に使われていた。元巡査長は「車を買う頭金が欲しかった。30万〜40万円ぐらい、取れるんじゃないかと思った」などと被害者への接触が恐喝目的と認める供述をしている。県警は元巡査長を懲戒免職の事実を隠し自己都合退職と発表。また無断で持ち出した押収物を「メモ帳」などと虚偽の説明をしていた。元巡査長を窃盗容疑で逮捕。藤沢北警察署の巡査長が、交通違反の女性(18)に覚せい剤を提供し、それをネタに「逮捕する」と取調室に何度も呼び出し、3年間に10回以上のレイプを繰り返したとして、損害賠償請求を提訴された。なお、原告側の取り下げによって事件は終了している[5]。 o 厚木警察署集団警ら隊集団暴行事件。元巡査部長ら4人が新隊員の巡査の眉間や後頭部などに実弾入りの拳銃を突き付け脅した。また静岡県に派遣されていた同年5月、同僚巡査3人に後ろ手錠をかけ、低周波治療器で太ももに電気ショックを与え暴行した。元巡査部長ら書類送検。 o 1994年度から98年度までの5年間に34件の懲戒処分をしていたのに、神奈川県と警察庁には、非番中の不祥事など公務時間外の処分の15件しか報告していなかったことが判明。 o 緑警察署の巡査部長が都内の病院で万引き。 o 本部刑事部の捜査員が暴力団に捜査員名簿90人分を流す。 o 川崎警察署の警部補がJR東海道線で車掌らに暴行。 o 加賀町警察署の巡査部長が京浜急行で短大生に痴漢。 * 2000 年 - 4月26日加賀町警察署に勤務の巡査(当時25歳)が3月半ばに同署の留置場に拘留されている女性被告に対してわいせつな行為をしていたことが判明。女性被告が同月下旬に別の捜査員に取り調べを受けていた際に、この巡査に無理やり体を触られたと訴えたことから事件が発覚した。この巡査は翌日、特別公務員暴行陵虐容疑で逮捕され、同日付で懲戒免職となる[6]。 * 2004 年- 8月25日に、横須賀警察署の巡査部長らが運転するパトロールカーに対し、職務質問対象の横浜市在住の男性が、運転する乗用車を繰り返しぶつけて逃走を図ったため、巡査部長が拳銃を発砲し、男性の脇腹に命中し、男性は半身不随となって、車椅子での生活を強いられることになった。この男性は、公務執行妨害で執行猶予付きの懲役刑が確定したが、国家賠償法に基づき、「発砲の必要性は無かった」として、神奈川県に対し損害賠償を求め横浜地裁に訴訟を提起。2009 年5月27日に同地裁は、男性の訴えを認め、「威嚇射撃無しに発砲しており、適切な公務執行とは言えない」などとして、県に約1,150万円の賠償を命ずる判決を言い渡した[7]。 * 2006 年 - 日本の警察史上初の、制服を着た現職警察官による公務中の空き巣事件が発覚。パトロール中に顔見知りの家での犯行だった。犯人の鎌倉警察署巡査長は同年12月6日に窃盗で逮捕された。逮捕された巡査部長は以前相談を受けた学習塾を営む女性の自宅に無断であがりこみ、現金数万円が入った封筒を盗んだ。同巡査部長は取調べに対し住宅ローンの支払いや子供の養育費など金銭的な問題を抱えていたと告白している。[8]なお「制服を着ている警察官の公務中」を除けば、神奈川県警では当時茅ヶ崎署刑事課窃盗犯係の巡査部長が、自ら担当した事件で得た個人情報を元に被害宅に対して再び単独で連続空き巣を行い2001年9月に懲役6年の実刑判決を受けている。[9] * 2007 年 - o 厚木警察署刑事一課の巡査部長が2006年12月に勤務中、相談を受けていた詐欺事件被害者の女性に、この女性が役員を務めるリサイクルショップにおいて両手で無理やり抱きつきキスをするなどのわいせつ行為をしたことが発覚。県警は強制わいせつの疑いで巡査部長を逮捕した[10]。 o 12月中旬に当時の本部警備課長が霊感商法に関与していたことが発覚。翌年2月に懲戒免職処分。 * 2008 年 - o 相模原南警察署の警官が個室ビデオ店のDVD4枚 (8500円相当)を盗んだ容疑で書類送検。横浜簡裁から罰金20万円の略式命令を受けて納付、県警は公表基準に当たらないとして事案を発表していなかった。 o 2004年6月から2008年10月にかけ、座間市内の駐車禁止ではない道路に於いて、駐車違反の取締りが、誤って14回に亘り行われていたことが、2008年 12月に発覚した。この件は、たまたま、警視庁の警察官が取締りを受け、その警察官から指摘されたことで判明した。神奈川県警は、取締りを受けた14人全員について、反則金や放置違反金を返還した[11]。 * 2009 年 - o 3月16日、鶴見警察署の公用車駐車場で、中型輸送車から警察無線機と車検証が盗まれていた事が判明。外部からの侵入の形跡はなく内部犯行の疑い[12]。 o 7月27日、旭警察署が、6 月18日に横浜市旭区内で発生した集団暴行事件で、同月26日に容疑者が乗っていた車を所有する同市泉区在住の男性を逮捕したが、防犯カメラに写った犯人の男と体型が違うなどとして、結局釈放していたことが判明[13]。 o 11月16日、機動捜査隊の巡査部長、篠浦直人が酒に酔って相模原市内の民家に押し入り、住人を殴り重傷を負わせる。 * 2010 年 - o 1月15日、戸部警察署地域第1課の巡査・渡辺雄大が落とし物として保管中の財布から現金19万円を抜き取り、逮捕。後に懲戒免職処分となる。 o 2月、不正経理が発覚。 o 3月2日、2007年に神奈川警察署に置かれた、警視庁の捜査員が撃たれた暴力団発砲事件の捜査本部で、別の暴力団幹部から提供された冷蔵庫が備品として使われていた事が発覚。受け取ったのは捜査本部の中心人物の一人だった本部暴力団対策課の中隊長。この中隊長は勤務時間内に無断外出してスポーツクラブに通ったり、また捜査本部員の女性警察官にセクシャル・ハラスメントをした廉で訓戒となった前歴がある[14]。 o 3月20日 - 2009年11月に起きた窃盗事件で、警察庁登録の誤ったデータを基にしたDNA型鑑定により、1月に無関係の別人に対する逮捕状を取得していた事が判明[15]。 o 3月21日早朝、強風を警戒中の藤沢北警察署のパトカーが赤信号を見落として交差点に進入。青信号で進入して来た軽自動車と衝突、相手方を負傷させる。運転者の巡査長を自動車運転過失傷害容疑で聴取。パトカーは緊急走行中ではなかった[16]。

1999年以降の神奈川県警の不祥事続発に対し、神奈川県内の弁護士らが中心となり、警察の不正・不当な行為を監視しこれを是正することを目的として、 2000年7月21日に市民団体「警察見張番」が設立された。

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